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今日は休日だというのに6時30分に目が覚めてしまいました。
昨夜は結構飲んでいたのですが、スッキリと。。
することもないので近所をお散歩。
いつもの公園に来ています。

周囲を見回すと結構犬の散歩をしている人がいます。
駅に向かう人も少なくはありません。
朝の空気はひんやりとしていますが、刺すような寒さはありません。
お出かけ日和になりそうです。

青空を背景に暖かそうな日差しが登っていきます。
そういう中でのんびりしている自分に小さな幸せを感じています。。
何処かに出かけるには最適な日ですが、残念ながら今日は心療内科の通院日。
往復の道のりをスクーターで楽しもうと思います。

こんな気持ちは苦しんでいた頃は感じられませんでした。
その日を生きるのが精一杯、そんな感じでした。。
私の場合、躁鬱といっても基本は鬱状態。
その中でいつ感情が爆発するか分からない状態でした。
その苦しさは今でも忘れていません。

暖かな日差し、人によるそれも長く感じることはありませんでした。
それはそうだろうと今、思っています。
何しろ周囲を巻き込み、私同様苦しくさせていたのですから。。
周囲をも苦しめてしまう、そこに心の病の本当の恐ろしさがあるのだと思います。。

社会に適応できずに苦しんでいる。
社会に1日でも早く復帰させようと叱咤される。
適応できない自分を見て周囲は苦しむ。
その優位の言葉に自分は苦しむ。。
そこには対立しか生まれません。
暖かな日差しは感じられません。

では、どうすればいいのでしょう?
私は歩み寄りしかないと思うのです。
周囲だけではなく、自分の方からも。。

苦しい中、そんな余裕はない。
私もそう思います。
そして、私もそうでした。。
病気によって生み出された周囲の冷たい視線は、なかなか元には戻りません。。
それでも、ゆっくりと探り探り歩み寄っていくことは必要なのではないでしょうか?

もしそれが出来なければ、思い切ってその周囲と別れを告げてしまう。
自らを孤独の中に置き、再出発していく。
私はどちらかの道しかないと思い、後者を選びました。

1人は確かに辛いものです。
でも1人は自由なのです。
そして苦しみに巻き込む周囲の人はいないのです。
心無い言葉を浴びせられることはないのです。。
だからそれを選びました。。

どちらを選んでも、辛い時期はあります。
でも、それを通り抜けた先に暖かな日差しがあると私は信じています。。
人生を選ぶのは自分。。
苦しさから抜け出すのも自分。
それを知り、実践していく。。
自分と向き合い、病気とつくあっていくことは、そういうことだと私は思います。。